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時代小説に夢中

舶来の青い顔料で成功した歌川広重の物語「広重ぶるう」を読んだ

錦絵の「東海道五十三次」や「名所江戸百景」で有名な、歌川広重の生涯を描いた物語。

<錦絵と浮世絵の違いについて>

「浮世絵」とは、日本画の種類のひとつで、江戸時代の風俗(美人画や役者絵、風景画など)を描いた、庶民的な絵画のことです。なお、浮世絵には、絵師が自筆で描いた「肉筆画」と木版で印刷した「木版画」の大きく2種類があります。中略 「錦絵」とは、浮世絵・木版画の一種で、多版多色刷り(カラー印刷)のことです。とてもカラフルで、錦(にしき:高級な織物)のように美しいことから錦絵と呼ばれました。刀剣ワールド 浮世絵

そして、「東海道五十三次」や「名所江戸百景」は木版画であり、錦絵は絵師の歌川広重だけではなく、彫師、摺師の技術向上が重要だったようです。

歌川広重の本名は安藤重右衛門。貧しい下級武士の生まれで、火消同心として江戸の町の火消しを本業としていた。子供のころから絵を描くことが好きで、町絵師の歌川豊広に弟子入りし、広重という号をもらい、役者絵や美人画を描いて内職にしようとするが、広重は人物画が下手で鳴かず飛ばずでいた。ところが、40歳を前にして舶来の高価な顔料「ぷるしあんぶるう」と出会う。摺師とぼかしの技術を駆使した空や海のグラデーションを完成させ、「東海道五十三次」の名所絵で一世を風靡することになる。

浮世絵は、美人画・役者絵が上等で、風景画は人気がなかったのである。それを歌川広重が名所絵を一躍人気にさせた。

絵が売れず、あまりの貧しさに、枕絵を描くように勧められるが、武士の広重はそれだけは描かないと決めていたが、実は人物画が描けなかったことも意外だった。

また、江戸のべらんめぇ口調、貧乏を陰で支える妻の加代、葛飾北斎とのやりとりなど、面白く一気に読めてしまった。

 

そしてここでも江戸の大地震と火事によって、江戸が無残な姿となる。

広重は、好きな江戸の町並みを元に戻したいと奔走する。描きためていた1000に及ぶ江戸の風景を元に、「名所江戸百景」ができあがる。

何となく好きだなぁと観ていた浮世絵が、歌川広重を知ったことで、ちゃんと鑑賞したくなる「広重ぶるう」でした。