時代小説ばかり読むようになって2年余り。
時代小説は、市井ものから捕物帖、剣豪小説などジャンルも多く、いくら読んでも飽きることがない。
いろいろ調べているうちに、「そうか、私はチャンバラ好きなのだ・・」ということに行きついた。
そして、隆慶一郎著の「死ぬことと見つけたり」に出会った。
私にとって、初の作家さん。
漫画「花の慶次」の原作者さんだそう。
これはまいりました。
長谷川平蔵Loveだったのに、「死ぬことと見つけたり」主人公の斎藤杢之助に恋してしまった。
まだこんなに魅力的な人物がいたのか。
佐賀鍋島藩には、「葉隠(はがくれ)」という武士道のバイブルともいえる、全11巻の書物がある。
「武士道とは死ぬことと見つけたり」
これは、武士とは潔く死ぬとか、自決とか、そういうことではない。
斎藤杢之助は、父子三代にわたり、この「葉隠れ」をしつけられている。
朝、目が覚めると、蒲団の中で先ずこれをやる。出来得る限りこと細かに己の死の様々な場面を思念し、実感する。つまり入念に死んで置くのである。思いもかけぬ死にざまに直面して狼狽しないように、一日また一日と新しい死にざまを考え、その死を死んでみる。
斎藤杢之助は、「死人(しびと)」として生きる典型的な「葉隠」武士である。
剣の腕も最強で、そのうえ鉄砲の名手。
友人2人のキャラクターも魅力的で、この3人が、老中松平伊豆守の野心や、鍋島三支藩・親類四家との確執の中、胸のすく活躍を見せる。
それはそれは、爽快で、豪快で、カッコいい。
「葉隠」が追求した武士道のもうひとつに、「忍ぶ恋」がある。
「恋の至極は、忍ぶ恋と見立て申し候」と断言し、想いを心に秘めて決して相手の人には伝えぬ忍ぶ恋であるとしたのだ。
杢之助の忍ぶ恋も切ない。
文庫、上下巻であるが、1ページ1ページが楽しくて仕方がない。
残念なことに、長谷川平蔵の「鬼平犯科帳」と同じく、作者の急逝で未完となっている。
それでも断トツに面白い。
永久に読んでいたいくらいだ。